ここ1年くらいの変化だと思います。

 

どうしようもないときはどうしようもないんです。

いくらこっちがラブコールをしても、嫌われちゃうときだってあるし、どんなに頑張っても空回りしちゃう時も絶対ある。

そういう時に「ああご縁がなかったんだな」と割り切れるようになったのは、たぶん「ご縁があるときは難しいことを考えなくても上手くいくんだ」という経験のストックができたからだと思う。

特に22〜24歳のときはそういう出会いが多かったです。

社員数名の小さなベンチャー企業で長期インターンをしていた時の社長や、副社長は自分の特性をよく見ていてくれたと思うし、就職活動の相談も何度も親身にのってもらった。

とある記事を読んで感銘を受けて私からコンタクトを取ったブロガーさんは、就活の時もそうだし今も定期的にご飯にいかしてもらってる。はなしているうちに新たな自分を発見できる大切な人生のアドバイザー。

誰にでも優しくて、気配りができて、女神みたいな大学の先輩は会うたびに小さな素敵な贈り物をしてくれたり、いつも優しく包んでくれる。先輩には「菩薩」というあだ名がついている(笑)

今の仕事先で、自分の業務とはまったく関係ないしグループも違うのに、遅くまで毎日残って教えてくれたり、ご飯に何度も連れて行ってくれたりして「とぴのお世話は趣味みたいなもんだから(謎)」とたくさんのことを勉強させてもらってる上司。

他にも色々な方が無条件に、すごく親切にしてくれた。

私の母が「多少無理してでもいろんな繋がりは保っておくべき」という思想をもっていたからか、少し上手く行かなくなったときや繋がりに違和感を感じたとき、罪悪感を感じてしまったり、無理して千切れかけた繋がりを必死に繋げようとしていました。

けれど、20代はじめにそういうことを経験するうちに、無理してあるコミュニティに固執する必要ないんだなって思った。凄い楽になった。

 

最近もひょんなことがきっかけで「自分が死ぬまでにやりたいこと」が一気にいくつか叶えられそうな機会をいただきました。こちらは音楽関係です。

もちろん上手くいくかわからないけど、また音楽を届けられる素晴らしい機会だと思うので、「ご縁」があるといいなあと祈りつつ。

 

そして聞いてくれる人も「ご縁」だと思っています。

まず私の歌を聞いて、ちょっと違うな、と思う人。お休みしてる間に離れちゃった人。そんな人の中から今もまだ興味をもってくれている人が残って、それだけですごいご縁だなって思います。

これから、少しでもそのご縁に何か返せていけたらいいなー。