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Etc..

 

世の中には数字が溢れています。

そしてわたしはいわゆる「バズる」とは恐ろしく遠い場所でずっと活動しています。

 

高校生の頃ニコニコ動画でボーカロイドの曲をカバーしていた頃から「アップテンポ、早口、高音域の曲は伸びる」「伸びたボカロの曲を即日カバーすれば伸びる」「有名な人とコラボすれば伸びる」みたいな法則はなんとなく分かっていました。最近の言葉で言うと「バズる要素」。

その上で、なんとなくそれとは遠く離れた場所でずっと活動してきました。

 

もちろん「好きな曲を好きなタイミングで納得するように歌いたい」という気持ちが大きかったのが一番の理由ですが、なんとなくバズに食いついている人たちを高校生ながら冷めた目で見ていたような気がします。そんなひねくれた若者でした。

あまり視聴数もコメント数も伸びなくて、バズる動画を見て「絶対私のほうがいい作品作っているのに」と心の中では思いながらも、自分の動画についた「なぜ伸びない」のタグを見て気持ちを落ち着かせていました。

もしかしたら、バズ要素を取り入れても伸びなかったら自分が本当に否定されたみたいで怖いから、とことんバズを敬遠していたのかも。

 

幸い、何人かの作曲家さんが気に入ってくれて作品に参加させてもらったりコラボさせてもらったりしたおかげで「知る人ぞ知る歌い手」の気分になれたので、バズを追い求めることは一切しなくなりました。

 

とあるタイミングで「数値としての影響力の低さ」が原因で明らかにナメられた対応をされたことがあって、その時にちゃんとバズることを考えて動いておくんだったと思ったことがあります。

明らかに下に見られて、ひたすら、悔しかった。

 

ちゃんといいものを作れる・作ってきた自信はあるのに。

それが通用しないのが辛かった。

 

それからバズを意識した行動をとろうと色々プランを立てました。

けど結局実行できませんでした。

世の中バズっている人を見ると、彼らには流れにのる才能があって、私にはそれがないなあと思ってしまったから。

 

それに、そもそもバズる要素はあんまり好きじゃないことが多いです。だからやりたくない。

じゃあそもそもなんでバズってみたいと思ったかというと、影響力でナメられたくないから

影響力の低さを見て態度を変えるような人と付き合う必要あるのか、いやない

じゃあ無駄な努力するのは、やめよう

 

やりたくないことはやらない。それでいいんです。

別にマスに好かれなくても、分かってくれる人が分かってくれたらそれでいい。

この考えが本当に心のそこから納得できたのは、

ベトナムの超田舎でまったく看板も出さずに相場の2倍の値段の陶芸を作り続けるおじさん

に出会ったことや、

いすみ市の古民家倉庫をリノベした小さなスペースにある図書館に、全国から遊びに来る人がいるという話をオーナーから聞いたこと

などが影響しています。

 

無理してマス受けを狙わなくても、やりたいことをやり続けられることができるんだなあと。

むしろ、マスを狙えば狙うほど当然アンチも増えるし、わたしみたいに傷つきやすい人間はこっちの方が精神上健康的でいられますよね。

本当に、数値を追い求める必要がないという(笑)

 

バズを追い求めてこなかったとはいえ、数値はいつも気になって見てしまっていました。

高校生の頃からずっと。

でもここにきてやっと、その呪縛から逃れられた気がします。

 

わたしは、これからもあなたに聞いてもらうために曲をかくし、あなたに読んでもらうためにブログを書きます。