ここ1ヶ月、体調の浮き沈みはあれど何もかもが楽しくてやりたいことに溢れてて毎日がキラキラしていた。身体が多少しんどくても、元気になったらやりたいことで心は満たされていたし、生きているって素晴らしい!と思えていた。

いま、わたしはとあることがきっかけで久しぶりに涙が止まらない状態になっている。
自分を守りたい気持ち、理不尽なことに対してきちんと声をあげることができない弱さ、たった一つのことで自分が必死に積み上げてきた『平穏』があっけなく壊されてしまうこと、それだけうつ病という病気は大きく人に爪痕を残すということ、いろんなことが頭の中を埋め尽くしている。

 

理不尽を飲み込まない強さ

嫌なことを嫌と言えるようになりたい。

理不尽なことを飲むこむたびに一つ一つ自分の大切なものがぽろぽろと崩れ落ちていく感じがして悲しい。先のことを考えて、空気を読むということは未来のために自分を殺すことだ。カッとなって怒ることは論外だけど、自分が頭で考えておかしいことに対してNOと言える強さを持つためにはあとどれくらいの経験を積めばいいんだろう。嫌われるのが怖いんだろうか、万人に好かれる生き方はとうの昔にやめたつもりなのに、なぜかまだ向こう側の人の存在に怯えている。

理由なく優しい人、素晴らしい人にたくさん出会ってきた。だからこそきっとその逆もあるということだ。幸せな分、苦しい思いをしないと生きていけないんだろうか。

昔だったらこういったことは心の中に留めておくことを選んだはずだ。でもうつ病はこういう病気なのだと知って欲しいから公の場にログを残すことにした。圧倒的に理不尽に弱い体質になった。それでもここまで崖から突き落とされたようになるのはこの一年、病気になってから数えるほどしかない。そして半分以上が同じ要因だ。

だからどうか、これで『こいつはヤバいやつだ』というレッテルを貼って付き合うことを避けないで欲しい。全国のうつ病患者はずっとこういう突如やってくる地獄のような時間と戦ってそれでも生き続けようとしているのだ。それをわかって欲しい。
絶対に理解してくれない人もいる。でも理解してくれる人もいる。

 

妥協しちゃいけないよ

先日、とある尊敬する人と数年ぶりにお話をする機会があって最近の楽しいことを報告してきた。会話の中で『妥協しちゃいけないよ』と言われたのが強烈に印象に残っている。

それは仕事とか、日常生活で使うものとかだけに言えることじゃないと思う。

おかしいと思うことを言えないことも妥協、
付き合う人をなんとなく選んでしまうことも妥協である。
妥協を重ねていると少しずつ心が濁っていき、その濁りは周りに影響を与える。瞬間的にまわりに配慮した行動は、のちのち自身の心の濁りを理由として、周囲に不幸を伝染させていく。こうなっては何もかもがハッピーじゃない。そんな世界は悲しい。

 

 

 

わたしは自分を守りながらも、前に進んでいける人、環境をずっとこれからも探していくから、どうか、この気持ちをわかって欲しい。