iphoneポートレート機能のなんともいえない雑なボケが、好きなとぴ(@Topi__)です。どうもです。

あれやりたいなあ、これやりたいなあというストックが色々と溜まっていて「けれど何となく余裕がないなあ」で後回しにされてきたもののうちの1つが日記をかくこと。

色々考えた結果「文章コンテンツとしてのハードルを下げる代わりにきちんと記録していく」という形で少し日記の習慣を取り戻そうかな、という結論になりました。

 

 

60点でもやらないよりやる

ここ1年くらい自分も中でのいろんなことの優先順位を考えた結果後回しにされていて、(実際のところは、デジタルではなくアナログの手法で日記をつけていてそれで満足していたところもある)、でもやっぱり何かしら見える形で記録していきたいと思った。

アナログに走った理由は、日常生活の大半を仕事に置くようになり、それはそれで毎日考えることやドラマがたくさんあって、正直B5サイズのノートが1度に5ページ以上埋まってしまうくらいネタの宝庫なのだけれど具体的な仕事の話や人の話になってしまうから。

もちろんそれを抽象化して形に残すことも何度も考えたけど「難しいことを考えてパソコンとにらめっこ」という作業、これ結局仕事にすごく近いことやってない?というわけで、もっと写真撮ったり音楽したり別の部分の脳みそを使いかった。

 

日記を書く時間の余裕も書くネタの種類的にも文章化する難易度が低かった2017~2018年あたりに確立した文体を、そのまま保持したままいこうと思ったら上記のような理由でハードルが高かったみたいで実際全然手をつけられずでした。

最近「時間の使い方を見直したいうんぬん」と書いていましたが、ちょっと攻め方を変えて、そうじゃなくてもっとジャンクなコンテンツというか、磨かれていない状態で残すことで、もう少し読み辛くてもいいからちゃんとその時思ったこととか、見たものとか形にして残したい。60点の出来栄えでも、やらないよりはやるほうがいい、と思う。

 

自分をニュートラルな状態に戻す作業

「思考整理」「記録」という意味だとクローズドなアナログ日記のほうが正直向いているかもしれない。

でも会社員という立ち位置になって思うのはかなり、強い意志を持っていないと流されるということ。社内の当たり前が自分の当たり前になり、皆がやっていれば自分もできる、快不快の感じるポイントまで注意しないと麻痺してしまう。当たり前だけど、あまりにも費やす時間が長すぎるから意図せずとも染まってしまう。

どういう文脈だったか忘れたけど大尊敬している、けどびっくりするくらいワーカーホリック気味な先輩に「辛いとかしんどいとか何のために働いているのかとか、そういうことって感じないですか?」という質問をしたら「良くも悪くも、染まっちゃっているんだろうね」と返ってきた。そういうことなんだと思う。わたしは好きで選んで会社員やっていますがここは一番よくないな、と思うところ。(そして独立した人とかによく煽られてもいるところだと思う。)

 

そういう中で自分がやっていることとか思っていることを対外的に見える形にしてネットの海に投げておく作業は、自分をニュートラルな状態に戻す作業だと思うし、音楽でも文章でもなんでもいいからやっぱりやっておいたほうがいいと感じたので、そういう習慣を戻そうかなと考えています。

 

なんで、日によって文体も変わったり誤字脱字が増えたり、見出しがなくなったり雑だなーという記事が増えるかと思いますがこれを読んでいる時点でマニアックなあなたはそんなことを気にしない人なはず。

 

 
 

ではでは良い日々を。